京都・広隆寺─弥勒菩薩像・見所

広隆寺 弥勒菩薩の魅力に触れよう。

広隆寺は日本で最も古く、最も美しいとされている寺院です。
とくに奥深い美とオーラを発する弥勒菩薩は絶対見ておきたい仏像です。
京都観光に訪れた際にはぜひ広隆寺に寄り、新たな魅力を発見してみませんか。

 

■広隆寺のポイント
◎京都最古の寺院で真言宗
◎聖徳太子が建立した七大寺の一つ
◎宝冠弥勒菩薩半跏思惟 (ほうかん・みろくぼさつ・はんか・しゆい)像は
  国宝第1号、微笑で知られる究極の美は世界に名高い。
◎宝髻弥勒菩薩半跏思惟 (ほうけい・みろくぼさつ・はんか・しゆい)像は
  「泣き弥勒」と呼ばれ必見。

 ※「半跏(はんか)」は片足をあぐらのようにしている状態、

  「思惟(しゆい)」は指を頬にあて物思いにふける姿を指す。
◎霊宝館の仏像のほとんどは国宝または重要文化財
◎牛祭は毎年10月に行われ、京都三大奇祭として知られる

 

●桜の見ごろ時期………3月下旬〜4月中旬
●紅葉の見ごろ時期……11月中旬〜12月上旬

広隆寺の見所

■霊宝館
最大の見どころであるこの霊宝館には飛鳥時代から鎌倉時代の貴重な仏像がずらりと並ぶ。その様子は壮観である。注目は2体の弥勒菩薩(国宝)。

 

◎宝冠弥勒菩薩半跏思惟(ほうかん・みろくぼさつ・はんか・しゆい)像
「東洋のモナリザ」とも呼ばれる。華麗な右の手指をそっと頬に寄せ、かすかに微笑み思索にふける姿。究極の美しさで気品あふれる姿を前にすると、心が満たされていく気持ちになる。像の高さは124cm、赤松の一本造り。像は603年に百済から伝来したとされる。

 

◎宝髻弥勒菩薩半跏思惟 (ほうけい・みろくぼさつ・はんか・しゆい)像
泣いているような表情から「泣き弥勒」と呼ばれる。木造で像の高さは90cm。この像は616年新羅から献上されたものだとされる。

 

これ以外の見どころも多数。定朝の弟子・長勢の作の藤原時代の十二神将立像や、貞観時代の像高314cmの不空羂索観音立像、像高264cmの千手観音立像、埋木地蔵と呼ばれている地蔵菩薩立像などがある。

 

■講堂
赤堂とも呼ばれ、柱に朱塗りが残る。永万元年に再建され、寺内で最も古い建物である。寄棟造り、本瓦葺。堂内の中央には中品中生(ちゅうぼん・ちゅうじょう)印を結ぶ本尊阿弥陀如来像、両脇に脇侍として地蔵菩薩像、虚空蔵菩薩像を安置している。いずれも貞観時代に作られたもの。※ただし堂内には入れない。

 

■本堂
この本堂は上宮王院太子殿とも呼ばれている。入母屋造り・檜皮葺、正面に向拝のついた宮殿風建築。聖徳太子像を祀っている。33歳の太子の姿を写したとされ、下着姿の像の上に着物を着せている。
※堂内は通常非公開。毎年11月22日の「御火焚祭」のみ公開される。

 

■桂宮院(けいぐういん)本堂
法隆寺夢殿と同型の優美な八角円堂で聖徳太子が住んだといわれる。
※4月・5月・10月・11月の日曜日・祝日のみ公開されている。

広隆寺の歴史

「日本書記」によると、推古天皇11年(603年)、大陸からの帰化人・泰河勝(はたの・かわかつ)が聖徳太子から仏像(半跏思惟像)を賜り、これを本尊として蜂岡寺(広隆寺の古称)を建てたという、山城国最古の寺院。ただし平安時代の広隆寺縁起によると、泰河勝は推古天皇11年に仏像を賜り、30年(622年)、聖徳太子の亡くなった年に寺が完成したとされている。
広隆寺は大阪の四天王寺や奈良の法隆寺とともに、聖徳太子ゆかりの日本七大寺のひとつとして古くから有名な寺であった。
当初この寺は葛野群「九条河原」(現在の西京極川勝寺の付近)に建てられていたが、延暦13年(794年)の平安遷都前後の年に現在の太秦(うずまさ)の地に移されたのだという。ただしこの時期も定かではない。
その後、弘仁9年(818年)に火災に遭い、また久安6年(1150年)にも再度炎上、しかし多くの仏像も焼失することなく、そのたびに再建・復興されて現在に至っている。

拝観時間・拝観(入場)料・住所・交通アクセス

■拝観時間………9時〜17時(12月〜2月は16時30分まで) ※無休
■拝観料…………境内は自由、霊宝館700円、桂宮院本堂200円
■駐車場…………50台
■住所……………京都府京都市右京区太秦蜂岡町32
■交通アクセス… 京福電鉄「太秦(うずまさ)駅」下車すぐ

 

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では京都観光をお楽しみください。